2008年3月23日、美術館庭園に柿の木を植樹
持塚三樹さんが描いた《生命の樹》。1000人の子どもたちが10年かけて飾っていく
植樹式のメモリアルコンサートで「TREE」を演奏する小松玲子さん

柿の木プロジェクトについて


1945年8月、広島と長崎に原子爆弾が投下され、数多くの命が奪われました。あらゆるものが破壊され、緑豊かな大地は焦土と化しました。そのような環境の中、長崎では数本の柿の木が生き残り、傷を負いながらも、毎秋オレンジ色の実をつけていました。1993年、樹木医である海老沼正幸氏はその柿の木の種から苗を育て、子どもたちに配る活動を開始しました。

1995年、現代美術家である宮島達男氏は「被爆という宿命」を背負いながら、なお生き続けようとする柿の木の「生命力」の美しさと強さに感動し、原爆を知らない世界の子供たちと共にこの柿の木を育てるアート・プロジェクト、「時の蘇生」柿の木プロジェクトを設立しました。そのコンセプトは3つ。それは変化し続ける、それはあらゆるものと関係を結ぶ、それは永遠に続く。このプロジェクトは、悲惨な戦争を忘れず、平和を願う心を次世代へ伝えるとともに、戦争によって失われた『時の蘇生』を目指しています。

2008年3月23日、ベルナール・ビュフェ美術館は、柿の木プロジェクトに共感し、海老沼氏より2本の柿の苗を譲り受け、子供たちのメッセージを詰めたタイムカプセルとともに庭園に植樹しました。その際に、このプロジェクトをわかりやすく参加者の心に刻むため、ふたつの作品を作りました。ひとつが《生命の樹》。画家の持塚三樹氏が描いた大きな木を1000人の子供たちが10年かけて和紙の葉っぱで飾っていきます。もうひとつは、マリンバ曲「TREE」。打楽器奏者の小松玲子氏と作曲家の喜多形寛丈氏が柿の木プロジェクトに賛同し生まれたオリジナル曲です。「被爆柿の木二世」が恐ろしい原爆と平和への願いを次世代へ伝えるように、《生命の樹》と「TREE」が他者と時間を共有するたびに影響を与え、命の尊さや生きる意味を考えるきっかけとなれば幸いです。

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