
早熟の天才として称賛されたベルナール・ビュフェは、同時代の写真家たち(リュック・フルノルやロベール・ドアノーなど)によって、被写体としてよく取り上げられました。彼らの作品は当時の写真表現を示すとともに、ビュフェのポートレートでもありました。それらの写真をビュフェが描いた自身の肖像画と同時に鑑賞することはとても興味深く、わたしたちは彼の芸術をより深く知ることができるでしょう。この展覧会では、ビュフェと写真との関係に着目しながら、戦後パリの写真表現の一端を明らかにし、ビュフェが生きている間に、写真そのものがどの様に変わったのかを考えます。
- 会期
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2026/04/03~09/01
- 開催場所
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ベルナール・ビュフェ美術館:新館
展覧会詳細
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写真:クロード・ビュフェ © Blanche Buffet
概要
19世紀中頃に技術が確立されると、写真は瞬く間に世界中に広がっていきました。ベルナール・ビュフェが活躍した時代は、写真が発明されてから100年以上経過していましたが、技術の向上と普及の速度には目覚ましいものがありました。
ビュフェ自身が写真を撮ることはなかったものの、戦後のパリで早熟の天才として称賛された彼を、リュック・フルノルやロベール・ドアノーなど、同時代の写真家たちは被写体として見逃しませんでした。ビュフェをとらえた写真は、同時代の雑誌『パリ・マッチ』などに掲載され、ビュフェ・イメージの形成をうながします。つまり彼らの作品は、戦後の写真表現を示すとともに、ビュフェのポートレートでもあったのです。それらの写真をビュフェが描いた自身の肖像画と比較してみることで、わたしたちは彼の芸術をより深く鑑賞できるはずです。
加えて、ベルナール・ビュフェ美術館は、ビュフェと同時代の写真家たちの作品だけでなく、現代のアーティストたちによる写真作品も多数コレクションしています。杉本博司のフォトジェニック・ドローイングや、米田知子の「見えるものと見えないもののあいだ」シリーズ、フィオナ・タンの《人々の声》などは、フルノルやドアノーの写真とは主題、技法、色彩などの点で異なっており、今日に至る写真表現の大きな変化を示しています。
本展は、ベルナール・ビュフェと写真との関係に注目し、戦後から現代にいたる写真の変化の流れを追う展覧会です。
ハイライト①:写真家としての家族ーシャルル・ビュフェとクロード・ビュフェ
本展はベルナール・ビュフェの家族、父親のシャルルと兄のクロードが撮影した写真の紹介から始まります。
シャルルの写真は、まだ画家になる前の幼いベルナールの姿を、父親ならではの視点で捉えています。一方で、クロードの写真は、画家として活躍しているベルナールの生き生きとした姿を切り取っています。二人の写真は、家族に見せるベルナールの特別な表情を教えてくれると共に、戦後のパリでカメラが一般に普及し、写真の撮影が容易になっていた事も教えてくれます。

シャルル・ビュフェ
1940年3月31日、サン=カスト:ベルナールとクロード
© Blanche Buffet

クロード・ビュフェ
ラルク城のベルナール・ビュフェ、1960年
© Blanche Buffet
ハイライト②:親密な光景―リュック・フルノルの写真
ハイライトの二つ目は、リュック・フルノルの写真です。
フルノルはパリ生まれの写真家で『パリ・マッチ』や『アール』などの雑誌で活躍していました。彼は写真家であると同時にビュフェの友人でもありました。そのためフルノルは、アトリエに入ることのでき、且つその様子を写真に収めることの出来た数少ない人物です。彼が撮影した写真には、柔らかな表情と親密な雰囲気をまとったビュフェの姿が収められています。ここではフルノルの写真を通じて、プライベートなビュフェの肖像を辿ります。

リュック・フルノル《カマルグの闘牛場》1958年、ゼラチン・シルバー・プリント
ベルナール・ビュフェ美術館
©Luc Fournol
ハイライト③:ビュフェ・イメージと「偽装する」肖像画
三番目のハイライトは、写真や雑誌、書籍などを通じて形成されたビュフェ・イメージとビュフェが描いた肖像画との比較です。戦後のパリでは雑誌『パリ・マッチ』などにビュフェの写真がしばしば掲載されていました。若くして成功したビュフェと言う画家のイメージは、当時のメディアによって作られていきます。そうした自身のイメージを裏切るかのように、ビュフェは似ても似つかない自画像を制作していました。当時の雑誌や写真とビュフェの肖像画とを比較することで、ビュフェ・イメージとはどの様なものだったのかを辿りつつ、ビュフェが描いた作品の特徴を浮かび上がらせます。

ベルナール・ビュフェ
《自画像》
1955年、カンヴァスに油彩、静岡新聞
ハイライト④:日本人写真家が捉えたビュフェー南川三治郎と桑原英文
四番目のハイライトは、二人の日本人写真家が撮影したビュフェの写真です。南川三治郎は、1980年にビュフェが初来日したとき、彼の日本旅行に同行した写真家です。南川は初めての日本を楽しむビュフェの姿をカメラで捉え続けました。
初来日の後、ビュフェは度々日本を訪れるようになりました。1987年には三度目となる訪日を果たしています。実はこの来日に際して、雑誌『FOCUS』はビュフェの特集を組む計画を立てていました。結局、企画は実現しなかったものの、87年の旅に同行し、当時のビュヒュェを撮影したのが写真家の桑原英文です。
本展ではこれまで未公開だった、日本人写真家がそれぞれ80年と87年とに撮影した日本旅行の写真を公開いたします。

南川三治郎、1980年、
ベルナール・ビュフェ美術館
©南川三治郎

撮影:桑原英文、1987年
ハイライト⑤:写真表現の変容―ベルナール・ビュフェ美術館の現代写真コレクション
最後のハイライトは、当館が所有する現代写真のコレクションです。当館はビュフェの名前を冠し、彼の作品を中心に収蔵する美術館ですが、その一方で、フィオナ・タン、杉本博司、川内倫子、米田知子などの現代アーティストによる写真も多数コレクションしています。本展に於ける最後のセクションでは、現代写真を中心に展示し、ビュフェの時代から大きく変化した写真表現について考えます。

フィオナ・タン《人々の声 東京》2007年、
写真インスタレーション(額装されたカラー写真305枚)、
ベルナール・ビュフェ美術館
© Fiona Tan, Courtesy of Wako Works of Art
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松江泰治《JP-22 24》2005年、発色現像方式印画、
ベルナール・ビュフェ美術館、
©︎TAIJI MATSUE, Courtesy of TARO NASU
- 会期
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2026/04/03~09/01
- 開催場所
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ベルナール・ビュフェ美術館
- 主催
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ベルナール・ビュフェ美術館
- 後援
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静岡県教育委員会、沼津市教育委員会、三島市・三島市教育委員会、裾野市・裾野市教育委員会、長泉町・長泉町教育委員会、清水町・清水町教育委員会、静岡新聞社・静岡放送
