展覧会アーカイブ

  • 没後20年 特別展 星野道夫の旅

    1978年にアラスカに移り住み、20年近くにわたり極北紀行を重ねた星野道夫(1952-1996)。大自然が見せる多様な姿をカメラで追い続けると同時に、言葉により思索を深めた星野が残した仕事は、今日まで多くの人々を魅了し、変遷する自然と文明の関係を問いかけ、現代に生きるとは何かを改めて考えさせます。
    本展では、ありのままの自然の姿が写し取られた「マスターピース」から、過酷な環境下で脈々と続く「生命のつながり」、極北に暮らす人々の精神性が見出された「神話の世界」まで、星野の写真と言葉による物語の世界が展示空間に立ち現れます。加えて、現地の取材で使用されたカメラやカヤック、貴重な記録映像や自筆原稿などの資料を展示し、星野が伝えたかった極北の世界へとみなさまを誘います。

    会期 : 2018年7月14日(土)― 9月30日(日)

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  • 永遠に、そしてふたたび

    この度IZU PHOTO MUSEUMでは、当館のコレクション作品を中心とした企画展「永遠に、そしてふたたび」を開催いたします。私たちは日々、多くの人と出会い、ときに死をもって離別します。ひとりの生や死にかかわらず連綿と続く時間の流れに、私たちは抗うことができず無力感を抱くかもしれません。しかし人の心の奥底に深く刻まれた記憶は、ひとつの生命が途絶えても、残された人々に受け継がれ、新たな意味をもたらされながらふたたび生き続けます。流れ続ける時間のある一瞬の出来事をとらえる写真は、過去の集積を写し出し、記憶としての物語を観者にふたたび想起させるものでもあります。横溝静、野口里佳、川内倫子、長島有里枝、テリ・ワイフェンバックの5名の現代作家による作品は、時間と記憶のつながりや永続性について思考する手がかりを私たちに与えてくれることでしょう。

    会期 : 2018年1月14日(日)― 2018年7月6日(金)

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  • 澤田教一 故郷と戦場

     1936年に青森市に生まれた澤田教一は、米軍三沢基地での勤務を経て、1965年に戦火の絶えないインドシナ半島に赴きました。ベトナム戦争が拡大の一途にあった時期に最前線での撮影を続けた澤田は、34歳で銃弾に倒れるまでの約5年間に、数々の傑作を世に送り出し賞を受賞します。ピュリツァー賞受賞作に含まれる《安全への逃避》では、戦闘で故郷を追われながらも、必死に生き抜こうとするベトナムの人々の姿を捉え、世界中に戦場の過酷な現実を突きつけました。

     本展では未発表のカットを含む写真や戦地から送られた電送写真原稿など300点余りを展示いたします。写真に写し出された故郷と戦場、そこに交錯する生と死を通じて、澤田教一が身を賭して伝えようとした「アメリカの戦争」に迫ります。

    会期 : 2017年9月9日(土)― 2017年12月25日(月)

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  • テリ・ワイフェンバック| The May Sun

    このたびIZU PHOTO MUSEUMでは、アメリカの写真家テリ・ワイフェンバック(1957 年-)の、国内外の美術館として初となる個展を開催いたします。ワイフェンバックはメリーランド大学で絵画を学んだ後、1970 年代より写真制作を始めました。過去に出版された15 冊の彼女の写真集はこれまで高い評価を得てきました。
    本展覧会は、2005 年に写真集として発表された代表作のひとつである「The Politics of Flowers」とワイフェンバックがIZU PHOTO MUSEUMに長期滞在し制作したシリーズ「The May Sun」を中心に据え、柿田川湧水(静岡県・清水町)で撮影された映像作品等も合わせ約110 点を展示いたします。

    会期 : 2017年4月9日(日)- 8月29日(火)

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  • ヨヘン・レンペルト|Fieldwork — せかいをさがしに

    このたび IZU PHOTO MUSEUM は、ヨヘン・レンペルトの個展を国内の美術館としてはじめて開催します。10年以上にわたる生物学研究を経て、ドイツ・ハンブルクを拠点に写真家として活動するレンペルトは、動物や植物、昆虫、人間といった多様な生きものと自然現象をモチーフにモノクロフィルムを用いた作品制作を行ってきました。自身によりプリントされ、アナログの質感が保たれた作品は、科学的知見に支えられた精緻な記録であるだけでなく、生を受けたものたちへの温かな眼差しを感じさせます。本展でご紹介する1990年代から現在に至るまでの代表作と最新作を含む100点以上の作品により構成されたインスタレーションを通し、レンペルト独特の世界観をご体感ください。

    会期 : 2016年10月28日(金)― 2017年4月2日(日)

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  • Fiona Tan Ascent|フィオナ・タン アセント 

    この度IZU PHOTO MUSEUMでは、映像作家として国際的に評価の高いフィオナ・タンの個展を開催いたします。タンは近年日本国内において、金沢21世紀美術館(2013年)、東京都写真美術館、国立国際美術館(2014-15年)と、3度の大規模な個展を開催してきました。今回のIZU PHOTO MUSEUMでの個展は、富士山をモチーフとした新作《Ascentアセント》を中心に据えて構成されます。
    巧緻に仕立てられたインスタレーションとして知られるタンの作品は、アイデンティティ、記憶、そして歴史を探る試みと言えます。またそれらのテーマを主題としながら、視線そのものについての問いを内包しています。それは私たちが映像を通して、周囲の世界に向ける視線であると同時に、鏡のようにときに私たちを見つめ返すような映像からの視線でもあります。本展では、映像インスタレーションと写真インスタレーションの2パートによって構成される《Ascentアセント》を中心に、初公開作品数点を含む展示構成でご紹介いたします。

    会期 : 2016年7月18日(月・祝)—10月18日(火)

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  • 本橋成一 在り処(ありか)

    本橋成一(1940年– )は1960年代から市井の人々の姿を写真と映画という二つの方法で記録してきたドキュメンタリー作家です。写真集『ナージャの村』で第17回土門拳賞、映画「アレクセイと泉」で第12回サンクトペテルブルグ国際映画祭グランプリを受賞するなど国内外で高い評価を受けています。
    本橋は炭鉱、大衆芸能、サーカス、屠場、駅など人々の生が息づく場をフィールドとし、社会の基底にある人間の営みの豊かさを写し出してきました。また、チェルノブイリ原発事故の後もかの地で暮らす人々の日々を主題としてこれまで写真集3冊と映画2作品を制作しています。2016年はチェルノブイリの事故からちょうど30年目の節目の年になりますが、被曝した故郷をテーマとした本橋の写真は、3・11を経たわれわれによりいっそう切実なメッセージを投げかけてきます。
    本展では、本橋の原点となる未発表の初期作品から代表作を含めた200点以上を展示し、半世紀にもおよぶ写真家としての軌跡をご紹介します。

    会期 : 2016年2月7日(日)―7月5日(火)

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  • 戦争と平和——伝えたかった日本

    主催:IZU PHOTO MUSEUM・一般財団法人日本カメラ財団

    戦後70年を迎える2015年、IZU PHOTO MUSEUMでは戦中・戦後の〈報道写真〉をテーマにした展覧会を開催します。ドイツの「ルポルタージュ・フォト」を移入して始まった日本の〈報道写真〉は、モダニズムの先鋭として発展し、日本文化を海外に紹介するために用いられましたが、戦争の激化にともないプロパガンダに変容し、占領期・冷戦期の情報戦にも一定の役割を果たしてきました。本展では名取洋之助・木村伊兵衛・土門拳・山端庸介・小柳次一・菊池俊吉・林重男ら日本の〈報道写真〉の担い手たちの仕事を中心に、国内外の雑誌や写真壁画、密着帖など1930年代から50年代にかけての貴重な資料約1000点をご紹介いたします。〈報道写真〉の戦前から戦後への連続性や国策との関わりをテーマに戦後70年特別企画として開催いたします。

    会期 : 2015年7月18日(土)―2016年1月31日(日)

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  • 富士定景―富士山イメージの型

    企画:IZU PHOTO MUSEUM、ヘルムート・ヴェルター
    協力:御殿場市教育委員会、富士山 樹空の森

     均整のとれた美しい稜線を持つ富士山は写真術の渡来以降、魅力的な被写体であり続けてきました。富士山を被写体とした写真は幾度となく撮影され、使用される中である種の定型を形成してきたといえます。本展は富士表象の系譜を辿った第1部と「雲の博士」として知られ、御殿場で富士山にかかる雲の研究を行った阿部正直氏(1891-1966)の仕事から成る第2部で構成されています。伯爵家に生まれた阿部博士は1927年に御殿場に私財を投じて阿部雲気流研究所を設立し、富士山にかかる雲の定点観測を行いました。撮影用機材や観測装置を自作するなど発明家としての顔もあり、映画や立体写真の手法を駆使して独創的な方法で研究に従事しました。富士山上空で千変万化する雲を映画のコマ落としの手法で撮影した映像をはじめ、貴重な資料を展示いたします。IZU PHOTO MUSEUMの富士写真シリーズの第2弾です。

    会期 : 2015年1月17日(土)―7月5日(日)

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  • 小島一郎 北へ、北から

    ― 故郷青森と東京のはざまで―

    小島一郎(1924-64)の没後50年となる展覧会を開催いたします。青森市で玩具と写真材料を扱う商店の長男として生まれ育った小島は、父親の影響で写真を学び、写真雑誌などで作品の発表を始めます。津軽や下北の日常的な風景を題材としながらも、当時の主流だったリアリズム写真と一線を画した造形感覚と詩情あふれる作品は早くから注目されました。

    1958年、報道写真の先駆者・名取洋之助の強い後押しによって東京で最初の写真展「津軽」を開催し、写真家として順調なスタートを切りました。
    1961年、プロの写真家を目指して上京、二度目の個展「凍ばれる」を開催しましたが、郷土を題材として世に出た小島にとって異なる環境での撮影は困難を極めました。東京での後ろ盾であった名取の死も重なり青森に帰郷した小島は、北海道での撮影に再起を賭けるものの、度重なる過酷な撮影から体調を崩し、39歳の若さで急逝しました。

    本展では小島が写真の編集と作品紹介用に制作した「トランプ」と呼ばれる名刺サイズの写真の展示をはじめ、東京で開催された個展「津軽」と「凍ばれる」の一部再現を行い、青森と東京のはざまで揺れ動いた小島の心情と名取の影響下にあった制作過程に焦点を当てながら小島が抱え込んだ「北」の意味を問いかけます。2009年の青森県立美術館での回顧展で再評価された小島一郎の新たな側面をご紹介します。

    会期 : 2014年8月3日(日)―12月25日(木)

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  • 増山たづ子 すべて写真になる日まで

    岐阜県徳山村で生まれ育った増山たづ子は戦争で夫を亡くした後、村で農業のかたわら民宿を営みながら暮らしていました。1957年、この静かな山村にダム計画が立ち上がり「皆が笑って過ごす天国のガイ(様)」と増山がいう徳山村も推進派と慎重派に二分されます。増山がそれまで使ったこともなかったカメラを手に取ったのは、徳山ダム計画が現実味を帯びてきた1977年、ちょうど60歳の時でした。「国が一度やろうと思ったことは、戦争もダムも必ずやる」と縄文時代以前から続くという村のミナシマイ(最後)を前に、せめて残せるものを残そうと愛機・ピッカリコニカで故郷の村をすみずみまで撮影して歩きました。
     そんな増山はたびたびマスコミにも取り上げられ「カメラばあちゃん」の愛称で知られるようになりました。村民運動会で初めて写真を撮影して以降、年金のほとんどを写真につぎ込みながら1987年の廃村後も通い、2006年に88歳で亡くなるまで消えゆく故郷を撮り続けました。あとには約10万カットのネガと600冊のアルバムが残されました。
     2008年、計画から半世紀を経て徳山ダムは完成し、かつて村のあった場所は水の底へ沈みましたが、残された写真は在りし日の徳山村の姿を今に伝えてくれます。
     本展では増山のアルバムや彼女自身の手で録音された村の音、村の植物でつくられた押し花を中心に展示いたします。

    会期 : 2013年10月6日(日) – 2014年7月27日(日)(好評につき会期延長しました)

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  • ふたたびの出会い IZU PHOTO MUSEUMコレクション展

    出品作家:荒木経惟、木村友紀、杉本博司、野口里佳、古屋誠一、松江泰治

    IZU PHOTO MUSEUMは2009 年に開館し3年が経ちました。これを契機としてこれまでに開催した展覧会の出品作品を中心にコレクション展を開催致します。

    過ぎ去った出来事を再び目にすることができるのは、写真が可能にしたことのひとつです。この特質は自明すぎるがゆえにあまり意識することがありませんが、さまざまな作家や作品の中で重要な役割を果たしています。杉本博司は写真の発明者のひとり、ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットの紙ネガを自らの解釈でプリントし直すことにより、過去のイメージに新たな光を当てています。古屋誠一は東ベルリンで自ら命を絶った妻のポートレイトを20 年以上にもわたり何度も編み直し、過去と向き合い続けてきました。また、写真が発明された19世紀半ば以降、愛する人を偲ぶためにアクセサリーや毛髪と組み合わされた肖像写真が数多く制作され、家庭の中で大切に保管されてきました。
    本展では無名の写真家や職人が制作した写真から、現代作家の手によるものまで、さまざまな次元での写真をめぐる「ふたたびの出会い」をご覧頂きます。

    会期 : 2013年4月21日(日) – 9月29日(日)

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